世界の片隅でひっそりと呟く

アラフィフのサラリーマンです

一帯一路と債務の罠 〜ラオス鉄道〜

つい先日ラオス鉄道が開通したというニュースを見ました。そのニュースの中で「債務の罠に嵌るのではないか」と書いてありました。それについて思うところがあったのでちょっと書いてみます。

 

ラオス鉄道のニュースの少し前には、日本とインドの協力で進める予定だったスリランカの首都コロンボ(正確には首都コッテの隣街だけどスリランカ最大の都市)の港湾開発事業を中国企業が受注したというニュースがありました。

スリランカは以前に同国南部のハンバントタ港を同じように中国に発注して作ってもらったんですが、何もない田舎にポツンと港湾だけがある状態なのであんまり寄港する船がなく運営費が赤字。作ってもらった時の借金が払えなくなり、4年前の2017年に運営権を99年間の契約で中国に売ってしまいました。

これが世間で言うところの【債務の罠】【借金漬け外交】というやつです。インフラ整備が遅れている発展途上国に「港作ってあげますよ」「港ができれば外国の会社が進出してきて工場作ってくれますよ」と持ちかけ、「それはわかるけどお金ないし…」と相手が躊躇したら「お金なら貸してあげますよ」と太鼓判を押し、更に伝家の宝刀である賄賂をたっぷりと渡して決断させる。目論見どおり?返済が滞ったら運営権を奪う。

まったく腹黒いやり方です。

その点日本はと言うと、『質の高いインフラ』をスローガンとし、運営費も考慮した上で無理なく返済できるインフラ整備で発展途上国に貢献しています。しかしながら発展途上国にとっては日本のやり方は悠長すぎるのか、中国のやり方も依然として人気があるようです。

 

そういう前知識の基にコロンボの港湾開発のニュースを見た私は「懲りないなぁ」「どうせまた借金のカタに取られるだけでしょ」「政治家とか役人とかが賄賂に目が眩んだんだろうな」などと、スリランカ政府の方々に対して大変失礼な感想を抱いたわけです。

しかし続いてラオス鉄道のニュースに接した時には「あれ?」と違和感を感じました。「これってそんなに悪いことなのかな?」と。私はスリランカには行ったことないんですが、ラオスには数日間だけですが旅行に行ったことがあり、ラオスの実情を見てきたからかもしれません。

 

ラオスは東南アジア唯一の内陸国で、東はベトナム、西はタイに挟まれた南北に長い形をしています。北側は真北が中国、北西がミャンマー、南側はカンボジアです。日本の本州と同じぐらいの面積なのに人口は僅か700万人(本州は1億人)。私が行ったのは南部のパクセーという街です。首都ヴィエンチャンに次いでラオス第2とされているラオス有数の都会ですが、人口は10万人ぐらいしかいません。東南アジアはどの国も人口が多く、都市部には必ず過密状態な地区があるものですが、このパクセーは空き地がポコポコある感じでかなりスカスカな街です。過疎化が始まった日本の地方都市みたいな状態。主な産業は農業と林業、最大の輸出品目は豊富な水力で発電した電気。要するに国全体が田舎です。

アジア圏の発展途上国が飛躍するには、まず安い人件費を武器に先進国から工場を誘致、輸出で外貨を稼いでそれを国内に投資し、最終的に国内独自の産業を育成していく、というのが黄金パターンです。中国はこれで先進国に手が届きそうな位置まで来ましたし、タイも発展途上国の中では上位グループに入ってます。ベトナムは黄金パターンが始まったところでしょうか。カンボジアもこれから始まると思います。フィリピンはずいぶん前から条件整ってそうなのに何故か経済発展の歩みがカタツムリなのが謎ですが。

挙げた国々は全て私が行ったことがある国なんですが、ラオスだけは発展する要素が感じられませんでした。立地条件が悪すぎるんです。周囲の国で購買力ありそうなのは中国ぐらい。工業製品作っても海の向こうの外国には運べません。東のベトナムは中部のダナン周辺の狭い所だと50kmぐらいしかないので地図上では海は目と鼻の先っぽく見えますが、国境が険しいアンナン山脈なので流通の大動脈になるような道路がありません。西のタイとの間にはメコン川が流れており、長ーい国境のうち渡れる橋は4箇所だけ。橋を渡っても海まではまだまだ遠い。南のカンボジアは片側1車線の道路が1本だけ。森を切り拓けば広い道路作れそうですが、森の中は地雷原になってて除去完了するまでは立ち入れません。しかもこちらも海までかなり遠い。メコン川は世界有数の大河ですが、カンボジアとの国境には滝があって船が通れません。そもそもラオスを縦断する道路が片側1車線の道路しかありませんので国内の大量輸送すらままならない状態です。

 

ここまでが状況説明でここから先が私の推測。

 

そんなラオスに鉄道が開通しました。

時速160kmの最新式です。

ついにラオスも輸出の手段を得たのです。

これはラオス国民にとって希望の光です。

今後は安価な人件費を利用する工場、安価な電力を利用する工場、これまで手付かずだった資源を採掘する鉱山企業などが続々と進出してくるでしょう。日本からも早速HOYAの工場が来たそうです。農業に従事するしかなかったラオスの若者達の就職先がどんどん増えるでしょう。

鉄道そのものは暫くは赤字だと思います。最初は1日1往復しか走らないそうですし。便数が増えれば経営良くなっていくはずですが、もしかしたらいつまでも赤字のままかもしれません。しかもラオス人は殆ど乗らないでしょう。乗るのは大部分が外国人(主に中国人)だと思います。

ですが、それでも良いのです。ラオス人がお金を稼ぐ手段が出来たことが重要です。

この鉄道を見た時のラオス人の気持ちは、三国トンネルが開通した時の新潟県民なら理解できそうな気がします。その時の新潟県民の何倍も強い気持ちなのではないかと。

建設費用の30%がラオス側の負担だそうです。これから工場の建設ラッシュが始まっても、実際に輸出が増えるのは暫く先の話です。それまでは借金の返済と運営の赤字に耐えなければなりません。耐えられるでしょうか? なんか無理な気がします。ハンバントタ港と同じ運命となる予感。

しかし、それでも良いのではないでしょうか。

運営権が中国のものになったとしても、物資を輸送できることには変わりありません。ラオスの一般人にとっては運営者が誰であろうがどうでもよいことです。

考え方を変えれば、赤字の鉄道を中国に押しつけたという見方もできます。中国に権利を売ってしまえばそれ以降は赤字でも責任持って鉄道を走らせてくれるわけです。最初の何年か借金返しただけで、建設費も運営費も大部分が中国持ちです。

これってスリランカも同じなのではないかという考えが浮かびました。Google mapsで見た感じではハンバントタ港の周りは野原になってますが、平地が多いので将来的には工業団地が出来そうです。現状では赤字続きの港湾を中国に引き取ってもらって運営し続けてもらえば、そのうち周囲が発展してスリランカにも大いに利益があると。

ラオススリランカも、失うのは自国の施設を自国で保持できなかったというプライドだけです。

 

ラオスの北西にタイ・ミャンマーラオスの3ヶ国の国境が接しているゴールデントライアングルと呼ばれている場所があります。一昔前にはアヘンの密造地帯として有名でした。その頃のラオスのムアンシンという街は世界最大の麻薬マーケットになっていたそうです。Google mapsでゴールデントライアングルのラオス側を見ると、なんか凄く唐突な感じで中国人街があります。カジノを中心とした歓楽街です。ネットで調べたところでは、この地区では中国元を使ってるらしいです。周囲はラオスなのにここだけ中国。

今後はラオス鉄道沿線に中国人街が続々とできることでしょう。ラオスの北部では中国人が経営するバナナのプランテーションが盛んで、たくさんのラオス人が雇われてるそうです。それが全国的に拡大していく構図ですね。今までのラオスはタイとの結びつきが強く、タイバーツがそのまま使えます。しかし近いうちに中国元が取って代わることでしょう。ラオス全土が中国の半植民地化し、中国人が我が物顔で闊歩する国になりそうです。

いつかラオス北部に行って少数民族の村を見て回りたいと思っていました。そんな私からするとラオスの中国化は寂しいことですが、素朴なラオスのままでいてほしいと望むのはラオス人に対して失礼なことです。貧しい農民のままでいてくれと言ってるようなものなので。今は高床式で椰子葺の屋根の家に住んでいる人も、本当はもっと立派な家に住みたいはずです。バイクしか持っていない人はクルマがほしいはずです。道路だってアスファルトで舗装してほしいはずです。その気持ちを止めることは誰にもできません。

 

かなり前ですが、アフリカのどこかの国で反中感情が広がっているというニュースを見ました。中国からの援助を受けて何かのインフラ整備をしたものの、受注は中国企業で従業員も中国ばっか、その後進出した工場の従業員も大量に入ってきた中国人ばっか、現地の人達には何の利益もなかった、という内容でした。その時は「ふーん、そうなんだ」と思っただけでしたが、今考えると何の利益もないはずがありません。せっかく人件費の安い国に進出したのに現地の人を1人も雇わないとは思えませんし、そこで働いてる中国人達は現地の物(食料品とか)を購入するはずですし、工場で作った製品は輸入品よりは安く供給されるはずです。以前よりは経済が活性化されたはず。何の利益もないというのは大袈裟な表現で、現地の人達の不満は中国人がのさばっていることに対する苛立ちなのではないかと。

日本の援助の失敗のニュースも見たことがあります。学校を作ったけど建物を建てただけなので機能してない、救急車を送ったら分解して部品を売ってしまった、などなど。中国と違って現地の人のプライドは傷つけてませんが、その代わり何の利益も与えられなかったんですね。

 

仮に自分がラオススリランカの政治家だったとしたら、日本の【質の高いインフラ】と中国の【債務の罠】どっちを選ぶべきなのか。

日本の案では、せいぜいラオスの道路を一部片側2車線にしたりコロンボの港湾をちょっとだけ改修したりするぐらいですかね。大幅な経済成長する未来は全然見えません。ラオス鉄道やハンバントタ港の建設など到底無理。大赤字確定ですからね。もし無料で作ってくれるとしても「外国に運営権売っちゃダメだよ」という条件が付いてたら断ると思います。運営費・維持費の負担に耐えられません。

つまり、ラオススリランカの政治家は賄賂に目が眩んだだけ(貰ってると思いますが)ではなく、ちゃんと国民の将来のために中国を選んだのではないかと思うわけです。ラオス人・スリランカ人としての誇りと経済成長を天秤に掛けて、経済成長を選んだのではないかと。

中国のやり方は帝国主義だという批判も読んだことありますが、これもピントが外れてる気がします。19世紀の帝国主義とは全然違います。スリランカで中国が手に入れたのは港湾の運営権だけです。租界を作られたわけではありません。もしスリランカで中国人がスリランカ人に危害を加えたら、スリランカの警察が逮捕してスリランカの裁判官が判決を下します。国同士の力関係で多少は中国に忖度することはあっても、基本的にはスリランカの法律で処罰されます。これを批判するなら日米地位協定の方がよっぽど不平等条約っぽいです。

 

ところで、何故中国は大金を払ってまで港や鉄道を手に入れよう(鉄道はまだですけど)とするのか。これはニュースで解説されてるとおり、安全保障のためでしょう。ハンバントタ港は有事の際の中国海軍の補給地を確保するため。ラオス鉄道は将来的にはシンガポールまで繋ぐつもりだそうで、南シナ海が通行不能となった時に陸路で物資を輸送するルートを確保するため。海岸から遠い雲南省四川省重慶への輸送路としては平常時でも役に立ちそうです。今は内戦のせいで停滞してますが、ミャンマーから雲南省への輸送路も作る計画だそうです。第二次世界大戦中の援将ルートの再現ですね。当時は一生懸命確保しようとしてた米国が今は妨害する側に回ってるのは何となく感慨深いものがあります。

 

長々と書きましたが、「それで日本はどうすればいいと考えてるの?」と聞かれると私には何も答えられません。中国のやり方よりも良い方法、早く発展させる方法が思いつかないからです。

では最終的に何が言いたいかと言うと、スリランカラオスに対して「あんたの国は中国の罠に引っかかってるよ」というような批判的なことは言わない方が良い、ということです。罠どころか全てわかった上で中国の提案に乗ってるわけですから。これは間違いないです。でなかったらスリランカが二度も中国に発注するはずがありません。それなのに「あんた騙されてるよ」みたいなこと言われたら、まるで間抜け扱いされてるみたいで気分悪くするだけです。

でもインドネシア人には申し訳ありませんが、インドネシアの選択は間抜けな気がします。あそこの鉄道が黒字になるとは思えないのはラオススリランカと同じですが、中国には運営権買うことにメリットがないので恐らく買ってくれないでしょう。延々と赤字を垂れ流して電車走らせるしかないと思います。